🏮 祭りへ向かう道

家を出るころには、朝の光ももう少し強くなっていた。
法被の上から受ける九月の日差しは、まだ真夏ほど刺さらない。それでも動けば汗ばむくらいには、祭りの日の空気は熱を帯びていた。

梨花が先に立ち、伯父と伯母がその後ろを見ながら歩く。
真夏と陽菜は左右につき、まるで本当に護衛役のようだった。

二人にとって、梨花の姿はもう完全にテレビで見た「プリンセス隊長」そのものだった。
すらりとした手足。まっすぐな背中。余計なことを言わず、静かな顔で前を見るところまで、ぴたりと重なる。へそがないことさえ、子どもたちには欠けたものではなく、特別なしるしだった。

真夏は歩きながら、ちらちらと梨花を見上げる。
陽菜はそんな真夏を見ながら、自分もやはり同じ気持ちでいることを、顔には出さずに認めていた。

👘 法被の苦労

その法被を仕立てた伯母は、今朝の梨花の後ろ姿を見て、あらためて苦労を思い出していた。

腰回りは自分とそう変わらないのに、ウエストが驚くほど細い。
そのせいで、普通に作ると妙にだぶつくか、逆にどこかがつれる。祭りで料理の責任者だとひと目でわかって、なおかつ動きやすく、梨花の体にきれいに沿う形にするまで、何度も布を合わせ直した。

「いやあ、最初見たときは驚いたぞ」

伯父が横でにやにやする。

「何にです」

伯母がすぐに振り向く。

「少年の法被姿みたいだなと思ってな」

「どういう意味ですか、それ」

「ほら、すっとしてるってことだ」

伯父は逃げるように言ったが、伯母の目は少し細くなった。
それでも完全には怒らない。仕立てた本人も、梨花のその独特な体つきが、法被を着ると不思議な凛々しさになることをわかっていたからだった。

前を歩く梨花は、そんなやり取りに軽く振り向いただけで、何も言わない。
ただ、髪を耳にかける指先に一瞬だけ気を配るような静けさがあった。

🍲 今日の献立

会場へ運ぶ料理は、特別なごちそうではなかった。
近所の住民に配る分と、秋祭りの実行を手伝う人たちの食事。そのどちらにも向くように、献立は地元で日常的に食べられてきたものを中心にしてある。

煮もの。和えもの。汁もの。
気取りのない味。けれど毎日食べても飽きず、祭りの忙しい合間にもほっとできる料理。祖母が得意だったのも、そういう料理だった。

評判がよければ、あとから販売に回す分も出る。
だからこそ、派手さより「もう一口食べたい」と思わせることが大切だった。

梨花はそのことを、ずっと考えていた。
特別ではないものを、ちゃんとおいしく作る。祖母の出汁はそのために使うのだと、自分に言い聞かせるように歩いている。

✨ 子どもたちの胸の内

道の途中で、真夏が急に伯母の袖を引いた。

「ねえ、きょう、おともだち来るかな」

夏休みの間、真夏を遊びに誘いに来た子たちは、何人か梨花のことを見知っている。
縁側に座る姿や、白いパジャマのまま真夏に声をかける様子を、子どもたちなりに覚えている。

真夏はその子たちに、今日の梨花を見せたかった。
法被を着て、祭りの料理を任されて、みんなに必要とされる梨花を見たら、きっとすごいと思う。そう言われたとき、自分は胸を張って「りかちゃんだから」と答えるのだ。そんな光景を、真夏はもう心の中に描いていた。

陽菜にも、別の想像がある。
同級生や上級生、下級生に自分が根回ししておいた今年の祭り。その中心にいる梨花を、みんなが見て、噂どおりだと納得する顔。自分はあくまで涼しい顔で「そうでしょう」と思うだけ。そんな場面を思い浮かべると、胸の奥が少しだけ熱くなる。

けれど陽菜は、口にはしない。

「来るんじゃない」

それだけ言って、すました顔で歩く。
真夏はすぐに見抜いて笑った。

「陽菜ちゃんも、たのしみなんでしょ」

「別に」

その返事が、いちばん楽しみにしている人の言い方だった。

🌭 屋台の香り

祭り会場が近づくにつれ、音が増えた。
遠くで太鼓の調子が鳴り、人の声が交じり、風に乗って甘い匂いや香ばしい匂いが流れてくる。

焼きそば。
醤油の焦げる匂い。
油の弾ける気配。

真夏は鼻をひくつかせて、ぱっと顔を上げた。

「なんか、いいにおい」

その中でも、丸く焼ける生地の匂いはひときわわかりやすかった。
焼き立てのたこ焼きの香りだ。

真夏にとっては初めてだった。
目を輝かせて、思わず足が速くなる。

「たこやき」

「走らない」

陽菜がすぐに言う。

「熱いから気をつけて。ほんとに熱いよ」

少しだけ真剣な口調だった。
以前、伯父の事務所に挨拶に来た屋台のおじさんが手土産に持ってきてくれたものを、陽菜は食べたことがある。見た目にだまされてぱくりといってしまい、口の中で跳ねるような熱さに目を白黒させた。

その記憶があるから、今日はちゃんと忠告するのだ。

「ふーってしてからね」
「はんぶんにしてからね」
「あと、急いで飲みこまない」

真夏はうなずいたが、目はもう屋台のほうへ向いている。
伯母がくすっと笑う。

「経験者は違うわねえ」

陽菜は少しだけ胸を張った。

👑 会場の入口

会場の入口まで来ると、関係者たちが次々に伯父へ挨拶をし、ついで梨花の法被姿に目を向けた。
ああ、あの子が。そういう納得の混じった顔が増えていく。

梨花は軽く会釈を返し、言葉は最小限にとどめる。
それでも、立ち止まるたびに空気が整うのは、その姿に自然と目が向くからだった。

真夏と陽菜は、そのたびに少し誇らしくなる。
ほらね。
やっぱりりかちゃんは、特別なんだ。

屋台の香り。
人の熱気。
運ばれていく鍋。
法被の背を押す風。

祭りはもう始まりかけている。
そしてその真ん中へ、プリンセス隊長みたいな梨花が、静かに足を踏み入れた。


soap museをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

Comments are closed