70歳前後の演奏で、ヘルベルト・フォン・カラヤンとしても最も充実し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とも最高のつながりを示していた頃のものです。ロシアの土着的な演奏とは違った、音楽的な美しさとダイナミズムを前面に押し出しているかのよう。チャイコフスキーらしいかどうか、それはチャイコフスキーの音楽に求めているものが聞き手それぞれだからなのだけれども、この演奏は鳥肌モノ。1970年代のカラヤンとベルリン・フィルの豪快で凄く立派なチャイコフスキーの音楽になっています。ダイナミックスの幅が広く鮮やかで迫力満点。牧歌的な部分から迫力ある部分まで表現の幅が広く、リズムも引き締まっています。

奏者の誰もが全身全霊で弓を動かし、管を吹き、打楽器を打ち鳴らしていた。音のひとつひとつが生命力をもつと同時に、ほかのすべての音と一体になっていた。自己陶酔している表情を見せる指揮姿の表紙。どんなにロマンティックかとレコード針が盤面をトレースすると、いきなり金管が超弩級のファンファーレで迫る。期待したチャイコフスキーのロマンティックは消し飛んでしまう。カラヤンはチャイコフスキーの3大バレエ組曲だけでなく、数多くの舞台音楽も録音しているが、どれもシンフォニックで合奏が完璧な生きたサウンドをオーケストラに求めている。・・・そこがまたカラヤン節とも言える。音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルでカラヤンの個性が濃厚で面白い。

カラヤンが何度も演奏会で取り上げ、世界一のオーケストラで繰り返し録音しているチャイコフスキーの後期交響曲です。1977年のステレオ録音。この後もカラヤンの再録音は止まらず、ウィーン・フィルと2種類の映像と録音を残していますが、交響曲第4番に関しては、この演奏を超えることができなかったように思います。近代オーケストラの魅力を満喫できる第1楽章冒頭は鳥肌モノ。金管が強く出ている。それをコントラバスの低音域が、しっかりと支えており、カラヤンらしく、音楽がよどみなく、流れるように紡がれている。とにかくダイナミックスの幅が広く鮮やかで迫力満点。ベルリン・フィルの総合力の良さが分かる。機能性あるベルリン・フィルから、美しさと華やかさを引き出した仕上がりとなっている。

戦後ナチ党員であったとして演奏を禁じられていたカラヤンの為に、1945年、レッグは自ら創立したフィルハーモニアを提供し、レコード録音で大きな成功を収めた。それから10年、ウィーンやベルリンでの演奏が出来ずにレコードだけで音楽を創りあげるだけの年月をカラヤンをおくる。ようやくウィーン国立歌劇場の責任者の席は得るが、指揮することはことごとくフルトヴェングラーの妨害にあった。1954年にドイツ音楽界に君臨していたフルトヴェングラーの急逝にともない、翌55年にカラヤンは、ついにヨーロッパ楽壇の頂点ともいえるベルリン・フィルの首席指揮者の地位に登りつめた。ここでレッグとカラヤンの関係は終止符を打つが、この約10年間に残したレッグ&カラヤン&フィルハーモニアのレコードの数々は、正に基準となるようなレコードであったと断言出来る。演奏はオーケストラに合奏の完璧な正確さを要求し、音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルで、完全主義者だったレッグとうまが合ったのは当然といえば当然で、出来栄えも隙が無い。決して手抜きをしないのがカラヤンの信条であったという。レッグからノウハウを吸収したと自覚があったカラヤンは、自分だけで信条を貫き始める。カラヤンの野望は、永遠にカラヤンの演奏が基準として聴かれ続けていくために全てのレパートリーをレコードにすることだった。カラヤンのレパートリーの守備範囲は広く、ベートーヴェン、ブルックナーに限られた指揮者だったら、やがて表面化するオーケストラとの関係破綻を回避できただろう。

ベルリン・フィルのチャイコフスキー演奏は、オーケストラの創成期にさかのぼります。作曲家チャイコフスキーは最初のふたりの首席指揮者、ハンス・フォン・ビューローとアルトゥール・ニキシュを知っており、その演奏を評価していました。続くヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤンも、優れた演奏を残しています。カラヤンとチャイコフスキーは相性が合う。カラヤンは、1929年1月に20歳でプロの指揮者としてデビューした時に、交響曲第5番を指揮しています。初めての《悲愴》は、その4年後に、ウルムで振りました。その演奏会の後、彼は両親に「終演後、聴衆は10秒間打ちのめされたようにただ座っていました。そして直後にサッカー場のようなブラボーが起こったのです」と興奮した様子がわかる。ベルリン・フィルとの最初のチャイコフスキーは、1939年の《悲愴》の録音で、これは彼がベルリン・フィルにデビューした1年後のことでした。数ヶ月違いで録音したフルトヴェングラーがレコーディングに一ヶ月もかかる手こずっていたことに対して、カラヤンはただ一回の演奏でレコードを仕上げてしまった。それが悔しかったようだ。フルトヴェングラーは『音楽と言葉』の第6章『音楽と生命力』で、『レコード向きの演奏がコンサートホールに持ち込まれるようになった結果、音楽にヴィタミンが欠如するようになってしまった』と持論を展開している。しかし、今読むと陳腐で、カラヤンにレコーディングの才能を見てしまった、ドイツ楽壇に君臨する自分が持ち得ない技術を30歳も若い新人が持っていることへの、やっかみだなと気付かされて読んでいると人間味を感じてフルトヴェングラーが可愛く思えてしまう。

耀子さんの挙げられた「節度」という言葉は、まさに1976年のカラヤンを聴くときの核心だと思います。
フルトヴェングラーの第4番と並べると、その違いはいっそう鮮明になります。

なお、比較するフルトヴェングラー盤は、1951年1月、ウィーン楽友協会大ホールでウィーン・フィルと録音したものです。これは彼の第4番唯一の全曲録音として知られています。一方、カラヤンの1976年盤は、1976年12月9~10日、ベルリン・フィルとの録音です。(Warner Music Japan)

以下、少し古い音楽評論の趣を意識して書きます。


チャイコフスキー《交響曲第4番》

フルトヴェングラーとカラヤン――運命に抗う音と、運命を美しく磨き上げる音

チャイコフスキーの第四交響曲ほど、指揮者の性格が露骨に現れる曲も少ない。

冒頭、金管が運命の宣告をする。

この恐ろしいファンファーレは、単なる序奏ではない。チャイコフスキー自身がこの主題について、「われわれの上に剣を振り下ろす運命」と説明したように、この交響曲全体を覆う巨大な影である。

ところが、この「運命」に対する態度が、フルトヴェングラーとカラヤンではまるで違う。

フルトヴェングラーにとって運命とは、人間がその内部から逃れようとしても逃れられないものである。

カラヤンにとっては、それはむしろ、抗うべき巨大な力を、音楽という美の秩序の中へ取り込んでしまうものなのである。

この違いが、二つの演奏を決定的に分けている。


フルトヴェングラー――運命は暗い

フルトヴェングラーのチャイコフスキーには、ロマン派という言葉だけでは片付けられない、巨大な陰影がある。

1951年のウィーン・フィル盤を聴くと、最初の運命の動機からして、音楽がまだ「作品」になり切っていないような感じがする。

むしろ、何かが起こっている。

金管が鳴る。

弦がざわめく。

木管がその暗闇の隙間から歌い出す。

そして音楽が、予定された拍節の上を進んでゆくというより、巨大な生き物のように呼吸を始める。

フルトヴェングラーの音楽には、この「呼吸」がある。

だからテンポも一定の時計ではない。

速くなったかと思えば、そこに巨大な逡巡が生じ、旋律が一瞬立ち止まる。そして再び歩き始める。

この伸縮が、チャイコフスキーのメランコリーを単なる「美しい旋律」にしてしまわない。

第二楽章の有名なオーボエの旋律など、カラヤンならば美しい歌として磨き上げるところを、フルトヴェングラーでは、その歌の向こう側に孤独がある。

歌っているのに慰められない。

美しいのに幸福ではない。

ここにフルトヴェングラーの恐ろしさがある。

チャイコフスキーの旋律を「美しいもの」として眺めるのではなく、その美しさの底に沈んでいる悲しみまで引きずり出してしまうのである。


そしてカラヤン――同じ悲しみが、宝石になる

ところが1976年のカラヤンを聴くと、世界が一変する。

ベルリン・フィルの弦は、まるで黒い絹布を広げたように滑らかである。

金管は輝かしい。

木管は鮮やかである。

そして何より、音が汚れない。

これは単に録音技術が優秀だからという意味ではない。

カラヤンは、音そのものを徹底的に磨いている。

そのため、第一楽章の悲劇的な内容さえも、濁流のようにはならない。

激しい。

しかし乱れない。

情熱的である。

しかし取り乱さない。

ここに、耀子さんの言われる「節度」がある。

カラヤンのチャイコフスキーには、確かにメランコリーがある。

しかし、そのメランコリーに溺れない

悲しみの中に沈み込むのではなく、悲しみそのものを美しく歌わせる。

これは非常に重要な違いである。

フルトヴェングラーが、

「これほど悲しい人生なのだ」

と音楽に語らせるなら、

カラヤンは、

「これほど悲しいからこそ、この旋律は美しい」

と語る。

同じチャイコフスキーでも、精神の立っている場所が違うのである。


第一楽章――「運命」とどう向き合うか

第一楽章では、その差が最も大きい。

フルトヴェングラーの運命の主題は、巨大な岩塊のようである。

その岩の前で、人間は小さい。

弦の旋律が苦悩しながら進んでも、その頭上には最初のファンファーレの影が残っている。

だから彼の第一楽章には、どこか「戦っても勝てない」という暗い予感がある。

対してカラヤンでは、ベルリン・フィルの圧倒的な技術によって、巨大な音響が完全に制御される。

第一主題が歌い出すと、弦は豊麗なレガートを保ちながら前進する。

そしてクライマックスに向かって、音量だけでなく、音色そのものが輝きを増していく。

ここでカラヤンは、チャイコフスキーを決して小さくしていない。

むしろ巨大にしている

ただし、その巨大さは混沌ではない。

秩序ある巨大さなのだ。

この1976年盤がカラヤンのチャイコフスキーの完成形の一つと評価される所以でもあり、公式資料でもベルリン・フィルの能力を十分に引き出した「劇的で圧倒的」な演奏と紹介されている。(UNIVERSAL MUSIC STORE)


第二楽章――フルトヴェングラーは「孤独」、カラヤンは「美」

第二楽章になると、この二人の違いはさらに興味深い。

フルトヴェングラーでは、旋律の一音一音に、人間のため息のようなものがある。

旋律が美しいから悲しいのではない。

悲しいから、その旋律が美しく聞こえる。

ところがカラヤンでは逆になる。

弦の響きがあまりにも美しいために、悲しみさえも一種の陶酔へ変わっていく。

これはカラヤンの芸術の大きな特色だと思う。

彼は悲劇を否定しない。

しかし悲劇を、そのまま悲惨なものとして提示しない。

悲劇を音の美へ変換する。

そのため第二楽章では、フルトヴェングラーに感じる「胸の奥へ沈んでいく孤独」よりも、カラヤンでは「夜の中で遠くから聞こえる美しい歌」という印象が強くなる。


第三楽章――ピチカートに現れる二人の美学

第三楽章のピチカート・スケルツォは、まさにカラヤンの技術美を聴くための楽章である。

フルトヴェングラーでは、この奇妙な音楽がどこか不気味である。

軽快でありながら、完全には笑えない。

ピチカートの背後に、第一楽章以来の運命の影がある。

ところがカラヤンでは、ベルリン・フィルの弦楽器が信じがたいほど精密に揃い、ピチカートそのものが一つの音響芸術になってしまう。

これは「軽い」のではない。

軽さそのものを、極限まで磨き上げている。

しかも、その軽妙さの中にオーケストラ全体の巨大な構造が隠れている。

ここにもカラヤンの「節度」がある。

遊んでいるように聴こえて、実は一分の隙もない。


第四楽章――フルトヴェングラーは「爆発」、カラヤンは「陶酔」

そして終楽章。

ここでは二人とも凄まじい。

しかし、その凄まじさの質が違う。

フルトヴェングラーでは、歓喜がほとんど狂気に近づく。

「人生を楽しめ」という音楽が、単純な祝祭にはならない。

その歓喜の底には、第一楽章の運命がまだ生きている。

だから最後の爆発は、

勝利というより、運命に対する最後の抵抗

のように聴こえる。

ところがカラヤンでは、これが巨大な祝祭になる。

ベルリン・フィルの弦、木管、金管がそれぞれの輪郭を失わず、それでいて一つの巨大な音響体として膨張する。

そしてクライマックスへ達したとき、オーケストラは決して崩れない。

ここが実にカラヤンらしい。

普通ならば、このような音楽は「激烈」という方向へ行きやすい。

しかしカラヤンは、激烈にならない。

最大音量になっても、最大の美しさを保つ。

これが彼の凄さである。


二人のチャイコフスキーを一言で言えば

フルトヴェングラーカラヤン1976
運命抗うべき暗黒制御される巨大な力
メランコリー深く沈む美しく歌う
情熱内部から燃える完璧な音響へ昇華
テンポ呼吸する、伸縮する大きな流れを保つ
音色暗く、厚く、陰影が深い明るく、艶やかで豊麗
オーケストラ有機的・劇的均衡的・精密
クライマックス爆発・苦悩陶酔・輝き
最終的な印象運命と戦う人間運命さえ美に変える人間

結局、どちらが「チャイコフスキー」なのか

ここが面白いところである。

フルトヴェングラーの方が、チャイコフスキーの内面に近い、と感じる人は多いだろう。

その悲しみ、その激情、その不安、その異常なほど美しい旋律の背後にある暗さを、フルトヴェングラーは容赦なく掘り下げていく。

しかし、カラヤンはチャイコフスキーを「浅く」しているのではない。

むしろ彼は、チャイコフスキーが書いた旋律の美しさを、徹底的に肯定している

だからカラヤンの第4番には、ある種の幸福感さえある。

それは作品が幸福だからではない。

悲劇的なものまで美しく鳴らすことによって、音楽そのものが幸福になるのである。

そして耀子さんが指摘された、

「メランコリーはあるが、それにのめり込まずメロディの美しさが強調される」

という特徴は、まさにこの演奏の核心だと思う。

カラヤンは泣き崩れない。

歯を食いしばらない。

運命を呪わない。

ただ、運命という巨大な暗黒さえも、ベルリン・フィルの磨き抜かれた音の中へ包み込んでしまう。

そのため最後には、悲劇が悲劇のまま終わらない。

暗闇そのものが、黄金色の響きへ変わってしまう。

フルトヴェングラーのチャイコフスキーが「人生の深い傷口」だとすれば、カラヤンの1976年盤は、その傷口さえも美しい光沢を持つものへ変えてしまった、ひとつの完成された音楽なのである。

そしてこの二枚を続けて聴くと、チャイコフスキーという作曲家の二つの顔――「苦悩するロマンティスト」と「旋律の美を信じる劇場人」――が、一つの交響曲の中から見事に現れてくるのである。

チャイコフスキーは聴かせどころ満載で、両者の交互の相克はスリリングである。そこがまたカラヤン節とも言える。音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルでカラヤンの個性が濃厚で面白い。カラヤンのチャイコフスキー(に限らないかも知れないが)には一定の「節度」を感じる。メランコリーはあるが、それにのめり込まずメロディの美しさが強調される。ベルリン・フィルは劇的な表現でも「激烈」にはならず、オーケストラのバランスは崩れない。全体が調和とともに最大のボルテージに達する。チャイコフスキーは聴かせどころ満載で、両者の交互の相克はスリリングである。カラヤンにとってチャイコフスキー後期交響曲は何度も演奏会で取り上げ、何度も録音した十八番中の十八番。この絶頂期70年代には4〜6番だけでなく、演奏会ではプログラムにしなかった1〜3番も録音して全集として発売し、チャイコフスキー前期交響曲の受容にも大きな役割を果たしました。カラヤンがベルリン・フィルを完璧に掌握していたこの時期ならではの、一音一音まで美をとことん追求した珠玉の名演です。演奏はオーケストラに合奏の完璧な正確さを要求し、それにオーケストラも応えている。それはカラヤンと演奏を作り上げていくのが楽団員みんなが楽しくて仕方がなさそうだ。とにかくダイナミックスの幅が広く鮮やかで迫力満点。ベルリン・フィルの総合力の良さが分かる。機能性あるベルリン・フィルから、美しさと華やかさを引き出した仕上がりとなっている。

はい。耀子さんの聴き方はかなり鋭いと思います。特に「金管が強く出ている」のに、それが単なる金管の突出にならず、コントラバスの低域によって下から支えられ、全体がよどみなく流れてゆくという点は、1976年盤の魅力をよく捉えています。

一点だけ録音史を補うなら、1976年の《第4番》とブルックナー《第5番》は、同時期のベルリン・フィルによるセッションとして考えてよい組み合わせです。カラヤンはこの時期、チャイコフスキーの交響曲全集を進める一方、ブルックナーの交響曲も並行して録音しており、まさにベルリン・フィルの巨大な音響能力をもっとも充実したかたちでレコード化していた時期でした。

このことを踏まえると、今回の《第4番》はさらに面白く聴こえてきます。

カラヤンの1976年盤――金管の輝きと低弦の大地

1976年のチャイコフスキー《第4番》を聴いていると、まず耳へ飛び込んでくるのは金管である。

ファンファーレが強い。

しかも単に音量が大きいのではない。音の芯が太く、輝きがあり、ベルリン・フィルの金管セクションが一つの巨大な壁となって立ち上がってくる。

ところが、その巨大な金管の下には、コントラバスを中心とした低弦の暗い大地がある。

この低音が実に重要なのである。

上から金管が鳴り、弦が歌い、木管が旋律を受け渡してゆく。そのすべてを下から低弦が支えているから、音楽が決して浮き上がらない。

カラヤンの音楽は、どれほど華麗になっても足元を失わない。

だから、音が大きくなればなるほど、かえって全体の構造が見えてくる。

これはベルリン・フィルの総合力そのものだろう。

そして何より、この演奏には**「流れ」がある。**

フルトヴェングラーなら、音楽が苦悩の中で立ち止まり、そこから再び動き出す瞬間に劇的な意味を与える。

カラヤンは立ち止まらない。

旋律から旋律へ、主題から主題へ、まるで大きな川の水が淀みなく流れるように音楽を運んでゆく。

しかし、それは無表情な流麗さではない。

ダイナミックスの幅が実に大きい。

弱音では繊細に息を潜め、そこから一気に巨大なフォルティッシモへ達する。その落差が鮮やかであるため、クライマックスでは「音が大きい」という以上の迫力が生まれる。

小さい音から大きな音まで、すべてが美しく、しかもすべてが同じ音楽の流れの中にある。

これが1976年のカラヤンの凄さではないだろうか。

そして興味深いのは、カラヤンがこの後も《第4番》を手放さなかったことである。

ウィーン・フィルとの再録音、さらに映像作品まで残している。それだけ、この作品が彼にとって重要だったことが分かる。

ところが、何度聴き返しても私は1976年盤へ戻ってしまう。

後年の演奏には、それぞれ別の魅力がある。ウィーン・フィルの柔らかな音色、映像によって視覚的に確認できるカラヤンの指揮姿、そして晩年ならではの円熟。

それでも、《第4番》という作品に対するカラヤンの理想が、もっとも鮮明なかたちで結晶しているのは1976年盤ではないかと思う。

ブルックナー《第5番》と同時代のベルリン・フィル。

そう考えると、この響きにも納得がゆく。

ブルックナーの巨大な伽藍を築くことのできる金管と低弦を持ちながら、その巨大さをチャイコフスキーでは決して重苦しいものにしない。

むしろ、巨大な音響を流麗な旋律のために使っている。

そこに1976年のカラヤンがいる。

フルトヴェングラーの第4番が、運命というものを真正面から見据え、そこに人間の苦悩をぶつけた演奏だとすれば、カラヤンは運命さえも美しい音の流れへと変えてしまう。

だから最後の歓喜も、狂乱にはならない。

金管が輝き、低弦が大地を揺らし、弦楽器が華麗に走り、全オーケストラが最大のボルテージへ達する。

それでも、オーケストラの均衡は崩れない。

これこそ「ダイナミズムと洗練」を同時に成立させたカラヤンの美学であり、そしてこの1976年盤が、後の再録音を聴いたあとにもなお特別な輝きを失わない理由なのだと思います。

CDはアマゾンで

チャイコフスキー:交響曲第4番、弦楽セレナード
ヘルベルト・フォン・カラヤン
Universal Music
2023-09-06

ブルックナー:交響曲第5番
ヘルベルト・フォン・カラヤン
Universal Music
2023-09-06


Karajan Bruckner: 9 Symphonies
Dg Imports
2008-11-18

カラヤン 音楽が脳を育てる
トモワ=シントウ(アンナ)
ユニバーサル ミュージック クラシック
2009-06-24


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