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「楽譜に忠実派」ロンに習っていたが、
ジャズを愛する彼は音符を均等に弾きたくなかった。
〝聴く人を魅了〟する不思議な力
フランソワの魅力は、即興性の一語につきるだろう。
本能的、直感的ともいわれ、
興に乗ったときの素晴らしさ!
ピアノを弾く詩人とも評されたフランソワ
もっともフィットしたのがショパンでした。
通販レコードのご案内強烈な芸風が作品の意外な魅力を引き出してどれも聴きごたえがある。
独得のルバートやアクセントを駆使した歌い回しを多用しながら、個性的なアプローチをするサンソン・フランソワのショパン。自在な閃きや豊かなファンタジーの発露により、フランソワだけに可能なショパンが展開されている。
《160g重量盤》JP 東芝音楽工業(赤盤) AB7009 サンソン・フランソワ ショパン ポロネーズ選集 きらクラでリスナーから「クラシックの演奏家は筋トレをしますか」と質問があった(2017年9月10日午後2時からNHK-FMで放送)。吹奏楽部は体力づくりに走りこみを当然しているが、楽器を演奏する、それがクラシック音楽となると、文系のイメージが濃くあるものだ。確かにTVでクラシックのオーケストラ演奏を見ていても、でっぷりした指揮者は最近見なくはなってきたが筋骨隆々に見える演奏家は目に止まらない。脱げば凄いんですよ、かも知れないが楽器の演奏に使う筋肉は特殊に思われる。
酒・煙草・ジャズをこよなく愛し、不健康な生活の果てに46歳で逝ってしまったフランソワですが、残された録音は、それだから価値あるのではなく中でもショパンとの相性は良かったようで、強烈な芸風が作品の意外な魅力を引き出してどれも聴きごたえがあります。モノラル盤とステレオ録音とがあり、このショパンは本当に凄いです。
ショパンはピアノという楽器の魅力を最大限に表現した作曲家だったと思う。美しく華やかでウイット富んだ作品を聴いていると、本当ににピアノの詩人という表現がぴったりだ。フランソワも洒落た粋な演奏。フランソワはショパンのスペシャリストだし、もう十分すぎるほどの定評があります。
しかし、サンソン・フランソワのデビュー盤は、1947年9月に78回転のレコードのために録音したラヴェル『スカルボ』である。このレコードが同年3月に録音したリパッティのショパン『ソナタ第3番』と1949年度のディスク大賞を争って破れたというのは象徴的だ。
フランソワは第1回ロン=ティボー・コンクールの優勝者だが、この時は現行のような国際コンクールではなく、ロン夫人とヴァイオリニストのジャック・ティボーがパリ占領下の1943年に催した国内コンクールでしかなかった。審査員たちは優等生タイプの女性コンテスタントと奔放なフランソワの間で迷ったが、以前にフランソワと共演してその才能に魅せられていた指揮者のビゴが、彼が優勝しないなら審査員を降りると言い張り、根負けしたロン夫人が彼を1位にしたという話が伝えられている。
フランソワもパリ音楽院時代は、がっちりしたベートーヴェンを弾いた。ところが「楽譜に忠実派」のマルグリット・ロンに習っていたが、先生の言うことはまるできかなかった。ロン夫人は曲げた指でカタカタと弾いたが、フランソワは長くのばした指で鍵盤をはらうように弾いた。そんな弾き方ではタッチが不揃いになると非難されても、ジャズを愛する彼は、そもそも音符を均等に弾きたいとは思っていなかったようだ。
フランソワの演奏の魅力は、即興性の一語につきるだろう。ちょっと酔っぱらったようなリズム、風にたなびくようなフレージング。テキストの間違いも気にせず、その時に舞い降りてきた霊感に忠実に演奏する。いきおい、すばらしい時もあれば耳を覆いたくなる時もある。しかし、彼の演奏の「聴く人を魅了」する不思議な力は、一度囚われてしまうと忘れがたい。
フランソワがレコーディング中の心臓発作で亡くなるのは1970年10月22日。これはステレオ録音時代になって演奏しなおしたショパンの一連のシリーズになったレコードで、フランソワのもっとも脂ののりきっていた時期のものと言える。ともかく、モノラル録音時代の演奏家のステレオ録音での再録音というと高齢に伴うテクニックの衰えを心配するが、サンソン・フランソワの名前は「目茶苦茶面白い演奏をするピアニスト」として、わたしの心に深く刻まれたレコードだった。
通販レコード詳細・コンディション、価格
プロダクト
Frédéric Chopin – Samson François – Polonaises
- レコード番号
- AB7009
- 作曲家
- フレデリック・ショパン
- 演奏者
- サンソン・フランソワ
- オーケストラ
- パリ音楽院管弦楽団
- 指揮者
- ジョルジュ・ツィピーヌ
- 録音種別
- MONO
東芝EMI前身東芝音楽工業製, MONO 1枚組 (160g) 重量盤, 編集の為2XJ国内メタル使用盤
コンディション
- ジャケット状態
- EX
- レコード状態
- EX++
- 製盤国
- JP(日本)盤
ANGEL RECORDS英仏盤のみならずこの東芝音楽工業時代に制作・録音された時代と同じ空気を感じられるのが初期盤収集の楽しみ。1960年代初頭リリース・当時の「東芝音楽工業株式会社」製レコードは丁寧な造りで英国直輸入スタンパー使っていた所為か高音質なものが多い。アナログ的で引き締まった密度のある音と音色で、楽音も豊か。情報量が多く、対旋律の細部に至るまで明瞭に浮かび上がってくる。高域は空間が広く、光彩ある音色。低域は重厚で厚みがある。オーケストレーションが立体的に浮かび上がる。モノクロではなくこんなにカラフルで立体的なのは、さすが初期東芝工業盤、ハンドメイドの余韻が感じられます。
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「ポロネーズ」という名称は、フランス語で「ポーランド風の」という意味であり、ポーランドの大衆的な舞踊で、歌を伴い、結婚式など格式のある祝祭で行なわれた。これが徐々に騎士や下級貴族のものとなって洗練され、やがて王侯の宮廷に取り入れられると、歌が無くなって器楽伴奏のみの行列舞踊となる。バッハが《フランス組曲 第6番》に取り入れた『ポロネーズ』は威風堂々としている。異国情緒は残っているが、ドイツやフランスにおいて『ポロネーズ』はリズムや楽式を受け継いで、ポーランド趣味を表現する音楽様式へと姿を整えられ、もはや舞踊の伴奏としての機能は失われていた。
これがポーランドに逆輸入され、19世紀初頭にショパンが継承した「ポロネーズ」には郷土の伝統というよりは国際的に久しく通暁していた形式あるいはジャンルのひとつであり、奇しくも1830年以降のパリにおいてショパンが「ポロネーズ」を書く、ということには、また別の意味があった。
en Ut dièse mineur, Op. 26 n°1ポロネーズ第1番は「情熱的に」と指示された激烈な序奏から開始され、この曲を世に問うにあたってのショパンの並々ならぬ決意を感じさせる始まり方になっています。三部形式になっており、劇的な嬰ハ短調の主部と、柔らかな雰囲気の支配する変ニ長調の中間部の対比が鮮やかです。
en Mi bémoi mineur, Op. 26 n°2構成的には第1番と同じ三部形式ですが第2番は、規模が大きく密集和音を多様して重苦しさを演出するなど、第1番がメロディ+ポロネーズ風伴奏でシンプルに作られているのと比較して作曲上にさまざまな工夫が見られます。
en La majeur, Op. 40 n°1 “MILITAIRE”第3番は「軍隊ポロネーズ」として大変に有名な曲です。構成的にはやはり三部形式でモチーフや和声が極端に単純化されており、威勢の良さだけが前面に押し出され大変に演奏効果の高い書法になっている。
en Ut mineur , Op. 40 n°2第3番とセットで出版された曲です。「軍隊ポロネーズ」は単一の曲として見た場合は少々内容が希薄さが弱点で、第4番とセットに聴くと大切な意味合いを見いだす事ができます。第3番が故国ポーランドの栄光を象徴し、第4番が悲劇的な運命を象徴しているのでしょうか。第3番の約2倍の規模を持っていますし、トリオには調性的に複雑な様相が見られ、音楽的に充実した曲になっています。低域で奏される旋律がとても陰鬱ですが、奥に秘められた複雑な感情が表現された、味わい深い名曲です。
en Fa dièse mineur, Op. 44第5番に至り、民族舞踊のリズムを用いて自らの民族意識と美意識を芸術として表現する、というショパンの強烈な自意識が結晶化した三部形式で、ポロネーズの間にマズルカが挿入されるという非常に凝ったことをしています。そのため1~4番と比較して技巧的に格段に高度なものが要求されることから、一般的にはマイナーな曲ですが、隠れた名曲としてショパン好きの間では知られています。
en La bémol majeur, Op. 53 “HEROIQUE”第6番は「英雄ポロネーズ」として非常に有名です。このタイトルはショパンの付けたものではないのですが、曲の内容を象徴している点では当を得ていると思います。構成はやはり複合三部形式で、構成がはっきりしているため演奏設計のやりやすい完成度の高いポロネーズとして評価されている反面、演奏家による個性の表れにくい曲ともいえます。
en La bémol majeur, Op. 61 “FANTAISIE-POLONAISE”『幻想ポロネーズ』の名で知られる第7番は、「幻想」という名前とは裏腹に、しっかりとした形式感を持った非常に自由度が高いモチーフで構成されているのが特徴です。ポロネーズのリズムを意識させない、ドビュッシーを先取りしたような音響表現を使いはじめた、ショパンの新たなピアノ表現の幕開けを告げる素晴らしい曲となっている。
en Ré mineur, Op. 71 N° 1作品71の3つのポロネーズは、作曲家の死後に、親友であったユリアン・フォンタナによって出版されたものである。特にOp.71-1と2は、ワルシャワ時代に書かれた初期のポロネーズの傑作とされている。第8番は、華麗で高度なテクニックを要求する作品である。また、堂々とした雰囲気を作り出すユニゾンのパッセージや、推進力を増加させるようなフレーズの重ね方など、円熟期のポロネーズの英雄的な性格を感じさせる要素も見られる。
en Si bémol majeur, Op. 71 N° 2ショパンは1826年の秋にワルシャワ音楽院に入学する。それ以前から、音楽院の校長であったエルスネルに作曲の個人指導を受けていたが、「音楽理論、和声学および作曲法」の学科に入学して、彼のもとで本格的な作曲の勉強を開始していた。そこでショパンは、持ち前の美しい旋律や和音、そしてヴィルトゥオーソ的な華々しい演奏効果などの音楽要素を、論理性をもって構造化することを学習した。この作品では、装飾が単なる名人芸のためではなく、前進する力を生み出すために用いられている。堂々とした雰囲気と、拡大された形式は、後の円熟期のポロネーズを予感させるものである。
en Fa mineur, Op. 71 N° 3ショパンは1829年の夏を、当時プロイセン領となっていたアントニンで過ごしている。その地方の大貴族であったアントニ・ラジヴィウ公爵の招きで、離宮に滞在したのである。公爵はすぐれた音楽家でもあり、ショパンは公爵のためにチェロとピアノのための作品(Op.3)を書いている。令嬢のエリザは、このへ短調ポロネーズを大変気に入り、この曲を弾くように1日に何度もショパンに懇願したというエピソードが残っている。
Grande Polonaise Brillante en Mi bémol Majeur, Op. 22こちらはオーケストラ伴奏付きのピアノ曲です。20歳前後にポロネーズ部だけ作曲されていたのですが、少し後に「アンダンテ・スピアナート」と名付けられた序奏をつけて出版されました。その後は、オーケストラはピアノの合いの手にしか登場しません。そのため、現在この曲はピアノ独奏で演奏されるのが通例になっています。ポロネーズ部はオーケストラのファンファーレで始まります。明るく華やかなポロネーズということで、やはり演奏会にはよく取り上げられる曲になっています。演奏技巧的にはかなり高度ですが、同時期に作曲されたピアノ協奏曲のように速く細やかなフレーズがきらきらと散りばめられていて、とても魅力的に仕上がっています。
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