soap muse

いやらしいクラシック名曲の名盤が新たに登場した!ラルペッジャータの《夕べの祈り》 http://amzn.to/nb9qa1

ラルペッジャータの夕べの祈り

『MONTEVERDI VESPRO DELLA BEATA VIRGINE』Virgin Classics/5099964199429

いやらしかぁ…と、熊本弁で言いたい。エッチだという事じゃない、クラシック音楽の歴史上最初の名曲と言えるモンテヴェルディの《聖母マリアの夕べの祈り》はタイトル通りに、宗教曲。日没前、教会の毎日のおつとめの最後に演奏されてきた深遠な名曲だから哲学性や倫理をこの曲に聴く様だと言ったまじめな紹介が多い。でも、わたしは衣の下に隠れていたものを表出させた名盤の登場だと喜びたい。

そこで、クラシック音楽の聴き手は禁欲的なのか?それでは多くの名曲は産まれてこなかったと思うので艶っぽい表現でレビューが書けないか試みたいと思っていました。かたっ苦しくて気持ち良い演奏も片方にはあるので、そのあたり難しいところですがロック、ジャズも合わせて“姫好み”名盤レビューの始まり始まり。

最初にモンテヴェルディの“聖母マリアの夕べの祈り”を選べる事が出来たつはとても嬉しか。この曲は、楽譜として出版された最初の音楽です。それまでは、と言ってもバッハの音楽もトーマス教会でしか聴く事が出来なかったわけで、ショパンの頃までは楽譜出版などと言うシステムはなかったのだけれども《聖母マリアの夕べの祈り》はどこどこの教会でと言う独占がされなかったので、ヨーロッパの教会の多くで演奏される事になったという事でクラシック音楽の金字塔と言われます。

NHKの大河ドラマ《江 姫たちの戦国》は西暦1,600年を目前とした時代ですが、この頃に西洋クラシック音楽が歩みをはじめたと言えます。ルネサンスの実験的な試みから楽譜に基づいて演奏家同士に共通の言語が確立してバロック音楽の時代になります。たった2冊の自作の楽譜を携えて田舎から音楽の都に出てきたモンテヴェルディの改革は、家康にバトンを渡して日本全体を武家社会という構造にするために存在した様な秀吉のようでもあります。

クラシック音楽を愛聴する上で原初にある2冊のうちの1つが、《聖母マリアの夕べの祈り》。この宇宙的な傑作に対して、ことさら構える事無く、演奏者の質とセンスで迫った勝負ありの新しい名盤がまた1枚増えました。特にテノールは良い歌手ばかりを揃えたのが大成功の勘所。クリスティーナ・プルハールは、これまでの多くの名盤が継承してきた演奏スタイルにお得意のジアズ的な低音ラインもちらりと見せて、まだまだルネサンスの愛してる、女性の身体の官能に浸りたいなどと即興の思いを歌として発散していた火照りが残っている様なアプローチで、いやらしく良い感触です。強い日焼けから脱皮させた、アレッサンドリーニ盤以来の名盤登場となりました。

ぜひ2枚組の全曲を聴かれん事を熱望します。 http://amzn.to/nb9qa1

 

2 thoughts on “いやらしいクラシック名曲の名盤が新たに登場した!ラルペッジャータの《夕べの祈り》 http://amzn.to/nb9qa1

  1. keiji

    モンテヴェルディと言う音楽家をはじめて知りました。ルネサンスの音楽は楽譜がなかったと聞いていたので、楽譜はあったけど出版されなかったって事ですか?それとベッリーニもはじめて聞く名前ですが、どんな曲を聴いていたのですか?

    1. 萠照姫 Post author

      グレゴリオ聖歌の頃から楽譜というか、今の音符に近い形の記譜法はあったから西洋クラシック音楽のスタートはグレゴリオ聖歌なのだけれども、音の上がり下がりが記譜されているだけでした。
      ルネサンス音楽の頃にハーモニーが産まれて、バロック音楽の時代にどこをどの楽器で演奏するとか楽器の組み合わせのルールが出来ました。でも、まだあやふやでバロック後期のバッハの時代に、様式が整備されてバッハを音楽の父と呼ぶ様になったわけです。
      楽譜
      でもバッハはトーマス教会だけでの演奏活動基盤でした。学校で音楽の母ヘンデルと教わったと思うけど、このヘンデルが放浪の作曲家だったのでイタリア、ドイツ、フランス、イギリスで王家の音楽教師に招かれてクラシック音楽の重要なこの4カ国で楽譜の読みから、演奏の仕方が広まった。そういう存在だったから種を生み付けたバッハを父、クラシック音楽の子供を増やしたヘンデルを母と言うというわけです。
      ただ、バッハの楽譜はトーマス教会の独占だったし、ヘンデルの楽譜もそれぞれの王家のもの。楽譜出版をドイツ、フランス、イギリスで同じに一般向けに発売した最初の有名な作曲家がショパン。
      モーツァルト、ベートーヴェンの頃は楽譜は依頼主に売り渡していたから作曲家の手元に楽譜は残らない。

      モンテヴェルディの時代の作曲家は、教会に勤めてそこのための音楽を描くか、街の楽士で終わるかの時代。モンテヴェルディはそのどちらもの音楽の楽譜を残しました。
      ベッリーニはオペラの父と言って良い作曲家。ドニゼッティとペアで扱われる天才で、34歳という若さで亡くなっています。当時のオペラは、その時起こった事件を音楽芝居にして多くの聴衆が楽しむものだから作品名は記録にあっても楽譜が残っていないのが多い。そんな中で今でもベッリーニの楽譜通りに上演されているのが偉大なところ。時事ネタだけど、普遍性のある仕上がりだったって事ね。
      1番有名なのが“夢遊病の女”。男に遊ばれて幽霊の様な精神になった貴族の娘のお話で幻想劇。狂乱の場が有名で、リュック・ベッソンの映画“フィフス・エレメンツ”の宇宙人オペラ歌手が歌うのが同じ“狂乱の場”があるドニゼッティのルチア。筋立ては似ているので憶えても良く混乱してしまいます。でも、歌っている事は男に捨てられた事や愛された時の想い出をブツブツ歌っているだけなので・・・

コメントを残す